中島義道『私の嫌いな10の人びと』

中島義道『私の嫌いな10の人びと』

著者:中島義道

題名:『私の嫌いな10の人びと』

発行所:㈱新潮社

出版年:平成20年9月1日

ベージ数:247ページ

目次

  • 出会い
  • どんな本
  • 思ったこと

出会い

忙しかった繁忙期を終え、やっとゆっくり本が読めるぞとルンルンで本屋さんに行きました。

いつも通り新潮文庫の置かれた棚の前(新潮文庫を好んで読みます)で行っては来てを繰り返し、約10分。

いつも感じることのない文庫本の重さにさすがにこれは買いすぎかもと思っていたときに出会った一冊

買う気はなかったけれど、題名が気になり手に取りました。

『私の嫌いな10の人々』

(え?どんな人どんな人?)とただただ興味が湧いて目次を見てみると

「笑顔の絶えない人」

「常に感謝の気持ちを忘れない人」

「みんなの喜ぶ顔が見たい人」

「いつも前向きに生きている人」

「笑顔の絶えない人」の詳しい内容を見てみると

「笑顔の絶えない顔は気持ち悪い」や「不自然な明るさ」…と書かれてありました。

これを読んだだけで、何だかものすごく面白くて本棚の前にしゃがみ込んで薄くニヤついてしまいました。

この人は何を言ってるんだろう、でもちょっと分かるかもって。

面白そうだったので、買いすぎな本にさらに一冊追加してレジに向かいました。

購入した後に裏表紙を見てみると、こんなことが書かれていました。

共通するのは、自分の頭で考えず、世間の考え方に無批判に従う怠惰な姿勢だ。多数派の価値観を振りかざし、少数派の感受性を踏みにじる鈍感さだ。そんなすべてが嫌なのだ!

内容が気になりすぎて家まで我慢できず、本屋さんを出てすぐのソファーで読むことにしました。

こんな本

著者は中島義道さん

1946(昭和21)年福岡県生まれ

東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了

哲学博士(ウィーン大学)

2009(平成21)年、電気通信大学教授を退官

〈著書〉

『ウィーン愛憎』『哲学の教科書』『〈対話〉のない社会』『孤独について』『人生を〈半分〉降りる』『私の嫌いな10の言葉』『働くことがイヤな人のための本』『続・ウィーン愛憎』『悪について』『狂人三歩手前』『人生に生きる価値はない』『人生、しょせん気晴らし』『差別感情の哲学』『ウィーン家族』など。

『私の嫌いな10の人びと』

「笑顔の絶えない人」「常に感謝の気持ちを忘れない人」「みんなの喜ぶ顔が見たい人」…当てはまる人ってどれだけ多いだろう。

すべてが当てはまるわけではありませんが、私もその一員です。

その行動、その考え方、手抜きして生きてきた結果自分にこびりついていませんか?

ってページをめくる度に(それはまぁ言い過ぎですが)聞かれている感じです。

中島さんの信念と美学に基づく生き方から見えてくるのは、世間一般でいう「いい人」や「みんな」「和気あいあい」「しきたり」…に潜む欺瞞や嘘、その人達の鈍感さ。

「ナマの事実ではなく、概念ないし観念に支配されている」人々が溢れるこの世の中で自分は何を感じるのか。

何も感じないか。

地獄絵図のような恐ろしい光景です

マイノリティを押しつぶす加害性、それにもかかわらずそれに気づかない鈍感さ……ああ、嫌いだ、嫌いだ!

もっと自分の弱さとずるさを自覚して謙虚になってもらいたい

中島さんの叫び?に、なるほどなぁと感心したり、中島さんそれは違うんじゃないですかぁと対話しながら読みました。

私この本、大好きです。

電気通信大学に勤めていた当時、学科長として学生諸君へ送った嘘偽りのない「ほんとうのこと」が書かれた「はなむけの言葉」

これがまた面白いんです。

もうそんなにほんとのこと言っちゃだめでしょと言いたくなります。

でも、こんな風に言ってくれる先生がいたら休み時間話しかけに行くなと思いました。

本書の最後にある「私の嫌いな100の言葉」というとっておきのお楽しみもありますよ。

思ったこと

笑顔の絶えない人ー「笑って、笑って」ー

子どもの自然の感情を圧殺し、悲しくても笑う癖をつける暴力に改めて怒りを覚えます。

この言葉を読んだとき、疑問を感じました。

そんなことを考えたことなんて一度もなかったからです。

小学校に勤めていた頃、校外学習に行っては、芋を掘っては「はい、みんな笑って~」と言って写真を撮っていました。

子どもたちの笑顔が本当に可愛くって、その笑顔を引き出せたことに大満足していました。

でも、果たしてその場にいた全員が楽しかったのかと考えたとき、この言葉の意味をまざまざと思い知らされました。

(そんなことなかった)

どんな行事でも面白くなさそうな子は必ず数人はいました。

その子達が自由に表現する場を奪っていたことに今になって気づきました。

楽しくないことを表現したい子だっていたんだ。

なぜ気づくことができなかったのか、この理由がこの本に書かれていました。

いつの間にか「笑顔」は良いものだという概念や観念に支配されていたから。

このことに気づき、マイナスといわれる感情を表現したい子もいるんだと頭に置きながらシャッターを切るのとそうでないのとには雲泥の差があると思います。

これから私は人をよく観察するでしょうし、気軽に「笑って~」とは言わないでしょう。

常に感謝の気持ちを忘れない人ー非社会的自己への改革ー

 つまり、「感謝の気持ちを忘れない人」の多くが、こちらの意向を足蹴にしてでも、自分が納得したいがために、世間の慣習どおりのことを貫こうとするのです。

私のことだと真っ先に思いました。

先方の気持ちなど置き去りにしてでもしっかりと感謝の気持ちを伝えなければいけないと行動していました。

そのとき、相手の気持ちを置き去りにしているなんて思いもよりませんでした。

親類や友人への感謝は怠りがちな私ですが(これはよくないと常々感じています)、職場関係者や恩師においては感謝に感謝を重ね気を遣いすぎて気分が悪くなるほどです。

お借りしていた本を返すときは、直接渡すことは大前提。

「ありがとうございました。」と感謝の気持ちと感想を一言二言添える。

最後にもう一度「本当にありがとうございました。」と言う。

何かにつけて付箋をつけては、相手の机に置く。

「ありがとうございました。」だけだと失礼かなと思い、一言二言のメッセージを添えて。

自分の言動に何の疑問も持たず、これは当たり前のことで相手のことを思って丁寧に対応していると思って過ごしてきました。

ここでも、感謝の気持ちを伝えることは大切だという概念に囚われて相手のことを蔑ろにしていた事実が浮き彫りになしました。

大勢の人の中には著者の中島さんのように感謝なんてされないほうが良い、そんなことはすぐにでも忘れてほしいと感じる人もいるようです。

そうは思わなくても、直接もらわなければいけないとなると少し時間を空けなくてはならないから机に置いておいてもらう方が助かる。

付箋に感謝の気持ち以外に感想なんて書かれたら次に会った時にちょこっとその話を振った方がいいのかな、どうかなと考えるのがめんどくさい。

と、思う人だっていると思います。

現に私がそうです…

正確に言うと、こういう風に思ってしまう相手がいる、相手に関わらずこういう風に思ってしまう時がある。

誰だって(今日はめんどくさいから人と関わりたくないや)「机に置いといて~」という日はあると思います。

自分がそう思うのにも関わらず、相手には感謝の気持ちを押し付けて自分が満足すればそれでいいと思っているんですね。

自分の正体が露わになりまして、ぞっとしました。

もちろんこんな風に考えない人たちも大勢いると思っています。

感謝の気持ちを伝えることは当たり前だ、嬉しいと感じる人。

そういう方へはこれまで通りきっちりと感謝の気持ちを伝えてきいきますし、そうしたいとも思っています。

(今までもこれからも心から感謝したい人はたっくさんいます)

この章で考えさせられたことは、この章の題名「常に感謝を忘れない」の常にという言葉です。

感謝をすることが当たり前だという人ばかりではないということに気づくこと。

相手がどのような考えを持った人なのかをきちんと観察し吟味すること。

このことについて考えることなく、ただただ自分が納得する為だけに感謝し続ける人、折に触れて感謝の気持ちを忘れるなと説教するような人が中島さんは大嫌いなのです。

まとめ

私は何とまぁ手を抜いて、安全に、何も考えずに生きていることだろう。

この本の至るところに、こう感じざるを得ない事実が散りばめられていました。

自分に染み付いた考え方や当たり前としている概念や慣習について考える機会を与えてくれた本です。

私にとっては大切な一冊となりました。

過激?な題名だけを見ていると多くの人は中島義道って人は何を言ってんだろうと思うと思います。

でも、中島さんの信念と美学に基づく考え方はとても面白く、興味深いものでしたよ。

「笑顔の絶えない人」にも「常に感謝の気持ちを忘れない人」にも「みんなの喜ぶ顔が見たい人」にも、そしてそういう人達に違和感を持つ人にもおすすめの本です。